生成AIの登場からわずか1年余り。ビジネスの世界は、その活用フェーズを実証実験(PoC)からコア業務への本格導入へと、急速に移行させている。この変革の中心にいるのが、自律的に思考し、タスクを実行する「AIエージェント」だ。この新たなテクノロジーは、企業の経営や業務、そしてシステムインテグレーター(SIer)の在り方を根本から変えようとしている。
企業の基幹システムに蓄積された「実践知」をAIで「形式知」化し、経営の高度化を目指すSCSKの「PROACTIVE」。そのパートナーであるグーグル・クラウド・ジャパン合同会社 日本代表、平手智行氏を迎え、PROACTIVE事業本部長の菊地真之が、AIの最新動向からSIerの未来まで、変革の核心に迫ります。次世代ERPが拓く可能性と、自社の未来を描くためのヒントがここにあります。AIといかに向き合い、蓄積された「基幹データ」という”実践知”をどう競争力に変えていくのか。その最前線をお届けします。
PoCからコア業務へ、今年は「AIエージェント元年」
菊地氏 本日はありがとうございます。私達PROACTIVEは、Google の生成AI「Gemini」などを活用し、お客様の経営に財務的・非財務的なインパクトをもたらすことを目指しています。近年の凄まじいAIの進化をどう捉えていらっしゃいますか。
平手氏 生成AIの活用段階が大きく変わったと感じます。昨年後半から、お客様のコア業務にAIを組み込み、企業が責任を持って使うという形へ明確にシフトしました。それに伴い、生成AI単体では業務は完結しないという認識も広がっています。人間がAIに問いかけた後、最終的には人間が行動(Do)しなければならず、AIだけでは企業はマネタイズできません。
そこで必須となるのが「AIエージェント」です。エージェントは、プロンプトで言葉を受け取ると、まず「どういう思考でアプローチすべきか」を考え(思考)、次に外部のデータを探しに行き(探索)、それらを基に「こういうことではないか」と結論を導き出す(結論)。このサイクルを高速で回すだけでなく、承認されれば発注やデータ更新といった「実行(Do)」まで一気通貫で行います。お客様の業務効率や提供価値を飛躍的に高めるエージェントは、まさに今年の主役であり、「エージェント元年」と言えるでしょう。
菊地氏 AIエージェントによる「知の開放」は、我々の大きなテーマです。企業内に点在する暗黙知や経験値を、AIによって可視化し、価値に変える。さらに、様々な人の知恵を継承するプラットフォームになることは、産業別の課題解決においても非常に重要だと感じます。
進化を支える3つの要諦 ―「責任」「セキュリティ」「業種特化」
平手氏 エージェント化が進むと、3つの視点が極めて重要になります。
1つ目は「責任あるAI」の利用です。単なるハルシネーション(もっともらしい嘘)のレベルではなく、業務を「実行」してしまうため、倫理観や安全性が担保された使い方が求められます。
2つ目は、進化した「セキュリティ」です。これまでは「AIで防御する」ことが中心でしたが、今はAIモデルそのものが攻撃対象になっています。悪意あるデータを注入(インジェクション)されてコア業務を妨害されたり、苦労して作ったモデル自体を盗まれたりするケースも出てきています。「AIモデル自体を防御する」という視点が不可欠です。
そして3つ目が「業種特化」です。企業の基幹システムに蓄積された、業種・業務ノウハウが詰まった質の高いデータをAIに学習させること(グラウンディング)が、今後のAI活用の鍵を握ります。まさにPROACTIVEが長年培ってこられた業務ノウハウとデータが、これから非常に大きな価値を持つでしょう。
菊地氏 セキュリティの話は衝撃的ですね。モデル自体が盗まれるというのは、そういう時代に来ているのだと痛感します。そして、まさにおっしゃる通り、我々の強みである業務知見とお客様とのコミュニケーション力、そして7,300社を超えるお客様と共に蓄積してきたデータこそが、これからの価値の源泉になると確信しています。
基幹データを「長期記憶」に。AIが実現するハイパーパーソナライゼーション
平手氏 AIの進化を体系的に見ると、テキスト中心の「LLM」から、感情なども捉えられる「マルチモーダル」へと進化しました。さらにハードウェアの性能向上による「経済性」が、活用の裾野を爆発的に広げています。この2つを前提に、AIは「エージェント」へと進化しました。
しかし、各部門がバラバラにエージェントを作ってしまう「野良エージェント」の問題が始まっています。これからは、個々のエージェントをリッチにするだけでなく、業務フローに合わせて「エージェント間の連携(A to A)」をデザインすることが最も重要になります。お客様ごとに最適なエージェントの組み合わせを設計することで、究極の「ハイパーパーソナライゼーション」が実現します。
菊地氏 基幹システムの業務プロセスに関する部分は競合と大きくは変わりません。しかし、AIがユーザーごと、業界ごとに最適なパーソナライゼーションを実現してくれるなら、話は全く変わります。予期せぬ関税問題のような事態が起きた時に、「他業界ではどう対応したか」といった知見まで当てはめて解決策を導き出す。これまで不可能だったレベルでの経営支援が可能になると期待しています。
平手氏 それを可能にするのが「短期記憶」と「長期記憶」、つまり「メモリーバンク」という考え方です。AIが現在の対話の文脈を維持する能力(短期記憶)と、過去の情報を参照する能力(長期記憶)を組み合わせることで、高度なパーソナライゼーションが実現します。PROACTIVEに蓄積されたデータは、まさにこの「長期記憶」として活用されるわけです。過去の機械の振る舞いや品質問題、問い合わせといった長期記憶から必要な情報を引き出し、エージェントが動く。これが非常に重要になります。
菊地氏 ERP単体のデータだけで経営判断が完結することはありません。市場環境、生産状況、原材料の市況といった社外のリアルタイム情報と結びつけ、さらに人間が不得意な「過去の出来事」=長期記憶と統合し示唆へ変換する。この領域こそAIの強みです。過去の成功知を引き出せれば、企業はより高い地点から打ち手を設計できます。
先日、興味深い実験を行いました。あるプロジェクトの過去の議事録と現在の設計書をすべてGeminiに読み込ませ、「なぜ現在の業務プロセスはこれほど複雑になっているのか」と問いました。すると、「当時は3つの案が存在し、激しい議論の末に3番目の案が採用された」と背景を示しました。意思決定の経緯という“実践知”を形式知化し、現行課題と照合することで、知の継承と経営の高度化を同時に進められると実感しています。
変革の時代にSIerが果たすべき役割
菊地氏 AIの進化を見ていると、「もう人間を集めなくても、AIがアプリケーションを作ってくれる。我々SIerも不要になるのでは」とさえ感じることがあります。SIerという業態は今後どうなると思われますか。
平手氏 NVIDIAのCEOは「これからの生産性はトークンの量だ」と言い、イーロン・マスク氏は「資源は無限大だ」と語っています。従来の「人手」を基準とした考え方は消えつつあります。
その中で、SIerの役割は大きく2つあると考えます。1つは、お客様ごとに乱立しがちなAIエージェントを、ADK(エージェント開発キット)のような標準化された仕組みを用いて高品質かつ効率的に構築すること。そしてもう1つは、そうして作ったエージェント同士をどう繋げるか(A to A)をデザインすることです。この2点は、コーディングフリーが進んだとしても、エンドユーザーがノーコードでできるレベルではありません。
菊地氏 なるほど。我々の強みである業務知見とお客様とのコミュニケーション力が、まさにそのデザインの部分で活きてくるわけですね。
私はAIの話をするたびに、浦沢直樹の漫画『プルート』を思い出します。作中で、世界中のあらゆる情報、憎悪や愛情といった感情までもをAIを搭載したロボットにインプットしたところ、そのロボットは起動しなかった、という場面があります。AIは「何をすべきか」を判断できなかったのです。 私は、最終的にAIや業務プロセスにおいて、例えば49対51や50対50といった拮抗する選択肢における“最後の1%”の判断は人間の役割だと考えます。
「グレーターPROACTIVE経済圏」の構築と「スピード」への挑戦
菊地氏 最後に、これからのSCSK、あるいは次世代のSIerに期待することを教えてください。
平手氏 SCSKさんが持つ卓越した技術力と業界知識、そしてPROACTIVEでの7,300社という実績に裏打ちされた「社会実装力」は不変の価値です。その上で期待したいのは、PROACTIVEの周辺に専門性を持つ多様なエージェント群を連携させ、より大きな価値を提供する「グレーターPROACTIVE経済圏」のようなエコシステムを構築していくことです。PROACTIVEという強力なベースを持つSCSKさんだからこそできることだと思います。
あえて足りないものを挙げるとすれば、「スピード感」でしょうか。お客様のGo-to-Marketのスピードは驚くほど速くなっています。かつて5年かかっていた銀行の勘定系システムが、今や1年で稼働する時代です。我々作る側は安全を最優先しがちですが、お客様のスピード感に追随し、時にはそれを超える提案力が求められています。
菊地氏 胸が痛いですが、その通りですね。ビジネスのやり方そのものを見直さないと、本当に滅びてしまうという危機感を強く持っています。本日は誠にありがとうございました。PROACTIVEは、Google Cloudとの強固なパートナーシップのもと、AIにより基幹データを未来の競争力に変える挑戦を続けてまいります。ぜひ、我々と共に新しい経営の未来を創造しましょう。
