生産管理システムの老朽化とIT人材の不足への対処。この二重の課題に真正面から挑み、「完全自律型IT組織」への転換を進めているのが、食品容器メーカー大手のエフピコだ。2025年5月にSCSKの次世代型ERP「PROACTIVE」へ刷新した新体制は、現場の業務の効率化に大きく貢献している。エフピコの執行役員 情報システム本部本部長の橋本祐希氏とSCSKの理事PROACTIVE事業本部副本部長 プロダクトユニット長 CPOの志村尊氏が対談した。
なぜ、20年来のシステムを刷新したのか
志村 企業の経営環境は少子高齢化と労働人口の減少という構造的制約に加え、地政学リスクによる市況変動、脱炭素規制など、不確実性の高い経営リスクに直面しています。サプライチェーンを横断したデータ連携や、AIを活用した迅速な意思決定基盤が競争力を左右する時代になりました。
橋本 まったく同感です。そうした変化に対応するため、われわれは20年来使い続けてきた生産管理システムを刷新する決断をしました 。非常に完成度が高く、安定稼働を続けてきたシステムではあったのですが、「2025年の崖」という言葉が示すように、レガシーシステムの維持に関する課題が顕在化してきたのです。
具体的には三つの大きな課題がありました。一つ目は、20年間で相当な追加開発を重ねたことによる技術的負債の蓄積です 。システムの複雑性が増し、ブラックボックス化が進んでいました。
二つ目は人材面の課題。当初の開発・運用に携わった技術者は40代後半と50代の2人しか残っておらず、彼らの知識に依存する俗人化のリスクがありました 。このままでは、彼らが退職する十数年後にはシステムの詳細を理解する社員が誰もいなくなってしまう。「知の断絶」により、業務の拡張・改善が停滞しかねないという強い危機感がありました。
そして三つ目は、将来性への懸念です。従来はベンダー依存度が強めの仕組みになっており、今後の事業拡大や市場変化に対応できる拡張性や柔軟性の実現に不安がありました。「ベンダー丸投げ」のアプローチでは真の競争優位は生まれません。「ベンダー依存」から脱却し、内製化の強化は不可欠でした。
これらの課題を解決するには、単なるシステムのバージョンアップでは不十分だと考えました。知識を次世代に継承し、抜本的な改善を実現するために、ゼロからのシステム刷新が必要だったのです。
エフピコが描く将来像、変革を支える「3つの軸」
志村 今回の刷新は、貴社が目指す「完全自律型IT組織」の実現に向けた重要なステップだったのですね。
橋本 その通りです。「完全自律型IT組織」とは、要件定義から設計、開発、運用、保守まで、システムのライフサイクルすべてを自社で完結できる組織のことです。事業戦略とITを直結させ、迅速な意思決定と実行を可能にすることが狙いです。
要するに、要件定義から実装、運用、改善までを小さなチームで連続的に回し、変化を日常化する「自走力」を核とした組織体であり、仕様・設計・コードが透明化されたホワイトボックスで資産化し、意思決定のリードタイム短縮と学習の循環を実装します。
多くのシステムではすでにこの体制を実現していましたが、生産管理システムは最後の重要なピースでした。今回の刷新は、その実現への総仕上げと位置付けています。
志村 「完全自律型IT組織」への変革は、どのような方針で進められたのでしょうか。
橋本 われわれは「3つの軸」で取り組みました。
第1軸は、モダナイゼーションとナレッジシフトです。今回のプロジェクトを単なる技術更新ではなく、「知の継承」の機会と捉えました。従来の担当者2人に加え、新たに若手を中心とした7人のメンバーをアサインし、チームを9人に増強。3年間のプロジェクトを通じて、ベテランの持つ「暗黙知」を文書化し、若手との協働を通じて確実な知識移転を図っています。
第2軸は、内製化能力の強化。新しいシステムは、自分たちで開発・カスタマイズできることが前提でした。プロジェクト期間を通じて社内エンジニアのスキルアップを図り、段階的な開発権限の移管を進めています。これにより、従来はベンダー依存だった改善作業も自社で迅速に行えるようになります。
そして第3軸が、AI活用範囲の拡大です。定型業務の自動化に始まり、すでに実施している需要予測の精度向上、さらには設備保全や予測分析、意思決定支援といった戦略的な領域でのAI活用を段階的に拡大していく計画です。
志村 プロジェクトを進めていくうえで、ご苦労や課題もあったのではないでしょうか。
橋本 変化に抵抗は付き物です。20年間安定稼働したシステムの変更は、蓄積された追加開発の仕様の解明などが技術的にも困難ですし、新しいシステムに慣れるのには時間もかかります。技術や組織の面だけでなく、心理的にも抵抗が少なからずあったのは無理もありません。
ですが、幸いなことに経営陣からは強力なサポートを得ることができたので、プレッシャーに感じることはありませんでした。これが、プロジェクトを成功させることができた要因の一つだと思います。
志村 生産管理システムの刷新という3年にわたるプロジェクト期間中、特に印象的だったのは、刷新に当たって「業務プロセスについては、いっさい変えない」という方針を貫かれたことです。普通は「せっかくシステムを新しくするのだから」と、業務改革も同時に進めがちです。なぜ、あえて「変えない」選択をされたのでしょうか。
橋本 それは、現場の混乱を最小限に抑え、安定稼働を最優先したからです。繰り返しになりますが、システムの担当者だけでなく、全国の工場で実際にシステムを使う業務担当者たちも、二十数年間ずっと同じ画面、同じ操作に慣れ親しんできました。いきなりまったく違うものを導入すれば、教育コストが膨大になるだけでなく、心理的な抵抗も大きい。最悪の場合、業務がストップしかねません。
そこで私たちは、「まずは今のやり方をそのまま踏襲できるシステムへ移行する。ただし、その土台は将来のあらゆる変化に柔軟に対応できるものにする」という戦略を取りました。
志村 なるほど。その戦略が、驚くほど静かな本番稼働につながったのですね。
橋本 その通りです。生産管理システムの本番稼働とは思えないほど、大きなトラブルもなく、問い合わせも非常に少なかった。これは、方針が正しかったことの証左だと考えています。
パートナー企業の選定理由と重視した点
志村 ぜひ、お聞きしたいのですが、生産管理システムの刷新にあたって、複数候補の中から最終的に当社(SCSK)をパートナーにご選定いただき、当社の次世代型ERP「PROACTIVE」への全面移行を決めていただきました。SCSKを選んでいただいた理由は何だったのでしょうか。
橋本 われわれがもっとも重視したのは、先ほど申し上げた「拡張性と内製化への対応力」でした。エフピコはもともと、特定の言語を除けば自社開発能力が非常に高い会社です。そのため、自分たちで開発やカスタマイズを進められる自由度の高いプラットフォームが不可欠でした。
SCSKの「PROACTIVE」は、ローコードプラットフォームを採用しており、外部ベンダーに依存せず内製で柔軟にアプリケーションを追加できる設計になっていた点が、われわれのニーズに完全にフィットしたのです。
もちろんコストも重要ですが、最終的な決め手は、技術面とサポート面での提案力でした。われわれは「魚を与えられる」のではなく「魚の釣り方を覚える」ことができるようなパートナーシップを求めていました。SCSKは、われわれの自立を支援し、ともに成長していく「共創」の姿勢を示してくれました。
志村 ありがとうございます。まさに、当社が「PROACTIVE」で目指している「お客様との共創」という思想と合致する部分です。ガチガチに固まったパッケージを導入するのではなく、お客様自身が主体となって改善を回せる仕組みを提供する。そのために私たちは、ローコードという技術とオープンな設計思想を採用しました。市場環境の変化やビジネスの発展に合わせて、自分たちの求めるシステムにたえず進化させていくことができるのです。現場主導の改善が回る仕組みであり、製造の〝型〟と拡張性の両立することで、段差の少ない移行と将来の改修の容易さも実現しています。その点を評価いただけたのをうれしく思います。
刷新の先に見据える「AI活用」とは
志村 「PROACTIVE」への刷新によって、モダナイゼーションと内製化の基盤は整いましたね。今後は第3の軸であるAI活用が本格化するフェーズかと思います。
橋本 はい、まさしくこれからです。まずは、今回のプロジェクトで作成した膨大な要件定義書や設計書、最新のソースコードといった知見をすべてAIに学習させ、社内FAQ(Frequently Asked Questions)やナレッジ検索の高度化に取り組んでいます。これにより、担当者への問い合わせを減らし、自己解決を促進できると考えています。
中期的には、AIによる開発支援も視野に入れています。部分的なソースコードをAIが生成し、人間がそれを組み合わせていくことで、開発効率を飛躍的に高められると期待しています。
志村 すばらしいですね。「PROACTIVE」もAIネイティブな次世代型ERPとして、PROACTIVE AIを中心に置き、各種基幹データをリアルタイムで取り込み、AIによる分析、可視化、示唆を提供します。
現在、エフピコでは導入されていないですが、機能としてはERP内に蓄積された社内データだけでなく、市場環境や生産状況、原材料の市況、天候などのあらゆる外部データともリアルタイムに掛け合わせることができます。
橋本 SCSKのそうした先進的な取り組みには大いに期待しています。将来的には、AI活用は、さらに踏み込んだ方向に進むのではないでしょうか。たとえば、AIエージェントを「人材」や「社員」として捉え、管理監督するという考え方です。
これからの人手不足の時代、定型的な業務はAIエージェントに任せ、人間はより創造的で例外的な対応に集中すべきです。そうなると、IT部門の役割は、AIエージェントを「社員」として採用・管理・育成する、いわば「エージェント人事部」のような機能へと進化していくかもしれません。
志村 「エージェント人事部」、非常に面白い視点です。AIエージェント同士の連携や、人間との協働のあり方が今後の大きなテーマになるでしょう。当社もERP領域におけるAI活用のパイオニアとして、そうした未来の課題に挑戦し続けます。
橋本 その際に重要になるのが、AIをブラックボックスにしないことだと思います。AIエージェントが「なにをして、どう判断したか」が常に可視化されているホワイトボックスな仕組みでなければ、結局は新たな俗人化、ならぬ「俗AI化」を生んでしまいます。人間がAIを管理し、ともに成長していけるような仕組みづくりを、ぜひ一緒に進めていきたいですね。
志村 システムでできることは飛躍的に増えていきますが、一方でガバナンスやセキュリティなどの問題もますます重要になっていきますね。当社も肝に銘じて取り組んでいきたいと思います。本日はありがとうございました。