企業を取り巻く環境は日々複雑化し、不確実性が高まっている。特に昨今はAIの進化が著しく、AIやデータの活用にどこまで本気で踏み込めるかが、企業の将来を決定づける重要な要素となっている。「新・両利きの経営」を提唱する一條和生・IMD(国際経営開発研究所)教授と、SCSK執行役員・PROACTIVE事業本部長の菊地真之氏、同社ソリューションコンサルティング部部長の土井明子氏が、絶えざる変化に直面しながら企業が成長し続けるために必要な視点と行動について探る。
「人間による知識創造」と「AIの活用」で変化に対応する
土井 一條先生はIMDの教授として、経営組織論やイノベーション、知識創造理論などを研究されていますね。
最近では、不確実な時代を企業が生き抜くための方法として「新・両利きの経営」を提唱されていますが、これは、どのような経営論でしょうか。
一條 「新・両利きの経営」は、米国の経営学者であるチャールズ・オライリー教授とマイケル・L・タッシュマン教授が提唱した「両利きの経営」を、私なりの考え方で発展させたものです。
ご存じのように、「両利きの経営」とは、「知の深化(既存事業の強化)」と「知の探索(新規事業の開拓)」という相反する2つの行動を両立させながら、変化し続ける時代を生き抜く方法です。これに対し、「新・両利きの経営」は、「人間による知識創造」と「AI活用」の両輪を回しながら、変化に適応し続けていくことを提唱しています。
この経営論の原点にあるのは、私がライフワークとしている「人間による知識創造(Human Knowledge Creation)」の研究です。知識は人間の身体的な経験に基づいて生まれ、その知識によって、新たな価値が世の中に提供されるというメカニズムを、恩師である故・野中郁次郎一橋大学名誉教授とともに長年研究してきました。
「人間による知識創造」は、経営者に欠かせない「直観」の基礎となるものです。
経営者が意思決定を行う際には、さまざまなデータを集め、あらゆる可能性を考えながら最善策を探りますが、最終的にはみずからの直観で決断することが多いものです。経験豊富な経営者は、「知識創造」のレベルが相当上がっているので、多くの場合は、そこから導き出される直観によって、難局を乗り越え、企業を成長に導く判断を下すことができます。
しかし、AIが急速な進化を遂げ、その力によって経営環境がますます目まぐるしく変化している今日の経営においては、「知識創造」だけでは足りません。
なぜなら、AIの急速な進化や、想定外の地政学リスクなどによって、これまでの知識の範疇では対処しきれないような変化が次々と起こっているからです。時代が変わっても、「知識創造」が経営の根幹ではありますが、経営判断のスピードを上げるため、積極的なAI活用も進めるべきだと思います。
土井 一條先生から見て、日本企業のAI活用はどんな状況でしょうか。
一條 AIはトランスフォーメーションであり、AIにどう取り組むかで会社の未来が大きく変わっていきます。つまり会社の重要課題であり、CEOアジェンダになるのです。
しかし残念ながら、日本企業は世界のトレンドと比べて周回遅れだといわざるをえません。たとえば、私が指導しているIMDでは、戦略策定や意思決定にAIをいかに活用するかというテーマが活発に論じられています。海外では経営レベルでの実装段階に入っていますが、日本では現場業務の効率化などにAIの導入が積極的で、CEOがAIを自分のアジェンダとしている企業はそう多くないと感じています。
特に日本企業に対して感じるのは、AIの活用における戦略性の弱さや欠如です。欧米企業は、AIを活用していかに競争力を発揮するか、顧客にどんな価値を提供するかということをものすごく考えている。これに対し日本企業のAI活用は、いまのところオペレーションエクセレンスの域を出ていません。これが、私の非常に危惧するところです。
AIが活用できる環境が整ったのは、日本の中堅企業にとっても大きなチャンス
土井 私はSCSKで中堅企業のお客様を中心にERPなどのソリューションを提案していますが、AIを活用して経営やビジネスを大胆に変革しようとされているお客様もいれば、一條先生が指摘されたように、オペレーションの効率化程度に留まっているお客様もいらっしゃいます。特にテクノロジーへの投資余力が限られている中堅・中小企業は、後者の傾向が強いようです。
どうすれば、日本企業は戦略的な発想でAIを活用できるようになるのでしょうか。
一條 AIの登場は、ビジネスのあり方を根底から覆す不可逆的な潮流だといえます。歴史的な大局観を持ってその波を受け入れ、積極的に乗っていかなければなりません。
産業革命を例に取ればわかりやすいでしょう。200年前に産業革命が起こった時、人が担っていた労働が機械に置き換わることで、仕事を失う職人たちから一時的な反発はありましたが、結局、革命の大波を打ち消すことはできませんでした。同じ動きがいま、AIを起点として起きているのです。
変化に逆らうのではなく、むしろ、それをチャンスと捉えて戦略づくりや意思決定に積極的にビルトインしていくことが求められています。
土井 AIが積極的に活用できる環境が整ってきたのは、むしろ、日本の中堅企業にとって大きなチャンスではないでしょうか。人の代わりに業務を行ってくれるAIエージェントを活用すれば、限られた社員数でも、大企業やグローバル企業とそん色ないスケールのビジネスができるようになり、“同じ土俵”で戦えるわけですから。
一條 おっしゃる通りです。現在の米国におけるAIエージェントの導入状況なども見ていると、AIの台頭は日本の中堅企業にとって大きな好機につながると考えられます。
菊地 先ほど一條先生が指摘されたように、ビジネスにおけるAIの急速な進化と普及は、産業革命に匹敵する衝撃的な出来事だと思います。たとえば、自律的に情報を収集・分析し、適切な業務処理まで行うAIエージェントが普及すれば、データアナリストなどの専門職は、どんどんAIに置き換えられていくでしょう。まさに、産業革命で職人が仕事を失ったのと同じ構図です。
ちなみに、日本ではジョブ型の雇用形態が増えていますが、専門職がAIに置き換わっていくとすると、これから求められるのは、むしろ専門性を持った複数のAIを使いこなせるジェネラリスト型の人材ではないでしょうか。
一條 そうかもしれません。いずれにしてもAIの急速な普及によって、企業は人材戦略のあり方を大きく変えざるをえなくなるはずです。日本企業は伝統的にジェネラリストの育成に長けているので、人材戦略を起点とすれば、勝ち筋を描きやすいかもしれません。
菊地 私は、AIを活用すると情報バイアスの抑制が期待できるのではないかと思っています。ECサイトのレコメンド機能に象徴されるように、従来のITはユーザーの関心度が高い情報ばかりを提供するのが普通だったので、どうしても偏ってしまいます。
その点、AIはユーザーの好みなど関係なく、与えられた「お題」に合わせて情報を集めてくれるので、そこから思わぬ示唆が得られる気がします。
一條 それこそが、私が「新・両利きの経営」を提唱する大きな理由です。「人間による知識創造」は重要ですが、経験に基づく直観には、どうしてもバイアスがかかってしまいます。それを修正し、スピード感を持った経営判断を下せるように補ってくれるのがAIの力なのです。
菊地 お話を伺っていると、AIによる示唆をどこまで採り入れるのかという匙加減が、「新・両利きの経営」を実践するうえでのポイントではないかと思います。この点について、何かアドバイスはございますか。
一條 AIは、「我が社はこれからどうなるのか?」とか「日本はこれからどうなるのか?」といった「正解のない問い」を投げかけられても、うまく答えられません。正解は、経営者がみずからの直観を頼りにつくり上げていくしかないわけです。
AIによる示唆は、あくまでも判断を補う材料の一つにすぎず、最終的にどう決断するかは、自分自身の直観に委ねられるのだという認識が求められるでしょう。
たとえば、最近のIMDの授業で興味深いのは、AIとともに地政学がホットトピックスになっていることです。私がIMDで教え始めたのは2003年ですが、その時には地政学の授業はまったくゼロでした。
それから20年以上経ったいま、地政学はリーダー論や戦略論、グローバリゼーション、サプライチェーンマネジメントなど、あらゆる授業に大きな影響を与えています。
地政学リスクこそは、AIに未来の予見を委ねられるものではなく、経営者がみずからの直観で探り当てていくべきものです。AIの活用は非常に重要ですが、同時に経営者自身の意思決定と判断のレベルを上げていくことが問われています。
「新・両利きの経営」を実現する次世代ERPの「PROACTIVE」
土井 一條先生の解説のおかげで、「新・両利きの経営」とはどのようなもので、いかに実践すべきなのかということがよく理解できました。
実は、SCSKが提供する次世代ERP「PROACTIVE」は、まさに一條先生がご提唱されている「新・両利きの経営」に対応した情報基盤であるといえます。
「PROACTIVE」は1993年に誕生した国産ERPですが、2024年にリブランディングを行い、AIを中核に据えた新たな次世代ERPに生まれ変わりました。その特徴は、経営判断から実行までのプロセスを、すべて「人とAI」の共同で回し続けられる基盤であることです。
一條 具体的には、どういうことでしょうか。
土井 従来の意思決定は、経営者の直観や経験に大きく依存してきました。しかしグローバル経済の不安定化やサプライチェーンの分断、人手不足など、不確実性が高まる中で直観だけでは限界があります。
新しい「PROACTIVE」は、「ABCD型の意思決定サイクル」(AI、BI、Check、Do)により、経営判断から実行までの流れを支援します。まず、AIが社内の基幹システムだけでなく、外部からも膨大なデータを収集、そのデータをBIで可視化・分析し、分析結果に基づく意思決定の内容を確認・判断(Check)したうえで、実行(Do)に移すという流れです。このサイクルにおいてAIからの客観的な助言が入るので、バイアスが抑制された、経営者の直観を補正するより確度の高いスピーディな意思決定が実現します。
菊地 新しい「PROACTIVE」には、もう一つ大きな特徴があります。それは、経営の高度化だけでなく、現場の業務効率化・自動化にもフォーカスしたERPであることです。
AIが収集する社内データの量と質を高めるには、現場の社員が効率よく情報をインプットできる仕組みが不可欠です。それを支援するため、新しい「PROACTIVE」は現場によるデータ収集や整理もAIが支援する機能を整えており、現場の知見がそのまま経営判断に活かされるようになっています。
一條 経営と現場を一つの情報基盤で直結できるというのは、非常に重要なポイントです。エクセレントカンパニーと呼ばれる企業の多くは、経営と現場が一体化しており、それが競争力の源泉となっているからです。
土井 より具体的に主な機能を説明しますと、新しい「PROACTIVE」には、経営向けに「AIダッシュボード」と「AI分析プラットフォーム」、現場向けに「PROACTIVEコンシェルジュ」という機能が用意されています。
通常ERPには、経営者が主要KPIのリアルタイムな達成状況を見るためのダッシュボードが用意されていますが、一般的なダッシュボードでは状況を見ることしかできません。その点、新しい「PROACTIVE」の「AIダッシュボード」は、数字を可視化するだけでなく、考えられる理由をAIが示唆してくれるのが大きな特徴です。
一方、「AI分析プラットフォーム」は、経営判断に必要な外部の情報をAIエージェントに指示して収集・分析できるプラットフォームです。この2つの機能を使えば、内部と外部の情報を総合的に見ながら、迅速で精度の高い経営判断ができます。
また、現場向けの「PROACTIVEコンシェルジュ」は、文字通りAIがコンシェルジュ(案内役)となって、従業員の方々のオペレーションを効率化、自動化する機能です。
一條 AIが経営判断をサポートする示唆を与えてくれるというのも、多くの経営者にとって非常にありがたいことでしょうね。経営判断において、何より経営者の直観が重要なのは言うまでもありませんが、AIがそれを補正すれば、より確度の高い戦略がスピード感を持って打ち出せるようになるでしょう。
また、AIエージェントについては、すでに米国企業などが積極的に導入しており、ヒトとAIが業務を役割分担する動きが進んでいます。「PROACTIVE」のAIコンシェルジュは、そうしたAIの使い道を日本でも広げていくきっかけになるのではないでしょうか。
人とAIが一緒に働く場合、個人がAIを使うケースと、チームを組んでその活動をAIがサポートするケースでは、後者のほうが圧倒的にパフォーマンスが上がることがIMDの実験でも明らかになっています。
AIが組織の一員としてビルトインされるようになれば、新しい組織のあり方や、マネジネントのあり方が問われるようにもなるでしょう。そこで、いち早く理想の形をつくれるかどうかに、日本企業の将来がかかっています。
新しい「PROACTIVE」を活用して、多くの日本企業が周回遅れの状況から脱することを期待しています。
土井 新しい「PROACTIVE」は、経営者の直観とAIの力を融合させ、経営と現場をシームレスにつなぐことで、日本企業が不確実な時代を生き抜くための実践的な基盤になります。我々は「周回遅れ」といわれる日本企業の現状を、本気で変えていきたい。そのために、SCSKは企業の持続的成長を力強く後押ししていきます。