
企業の経営戦略や事業計画において、将来の需要を的確に予測することが非常に重要です。正確な需要予測があれば、適切な在庫管理や人材配置が可能となり、ビジネスの効率化と収益向上に直結します。しかし、どのような予測手法を選ぶべきか、またどのように導入すればよいのか悩む担当者も多いでしょう。本記事では、需要予測モデルにおける定量モデルと定性モデルの違いや活用シーン、導入時の注意点をやさしく解説します。ビジネスの意思決定力を高めたい方必見です。
目次
需要予測モデルとは?
需要予測モデルとは、過去のデータや市場情報などを分析し、将来の需要を定量的または定性的に予測するための体系的な方法論です。単に「いくつ売れるか」を当てるだけでなく、なぜその予測に至ったのかという根拠を明確にできる点が重要です。
企業活動において需要予測は、生産計画の立案、在庫管理の最適化、人員配置の効率化など、多くの意思決定の基盤となります。需要予測の対象期間は、予測の目的によって短期(数日~数ヶ月)、中期(数ヶ月~1年)、長期(1年以上)に分かれます。
かつては経験則や勘に頼った予測が中心でしたが、現在ではデータ分析技術やAIの発展により、より精度の高い予測が可能になっています。また、単一の手法だけでなく、複数の予測手法を組み合わせることで、予測精度を高める取り組みも増えています。
需要予測モデルの分類とは?
需要予測モデルは大きく「定量的モデル」と「定性的モデル」の2つに分類されます。それぞれに特徴があり、予測したい対象や状況によって適切な手法を選択することが重要です。
予測モデルの種類 | 主な特徴 | 適している状況 |
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定量的モデル |
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定性的モデル |
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定量的モデルは過去の数値データを用いる
定量的モデルは、過去の販売実績や市場データなどの数値情報を統計的に分析し、将来の需要を予測する手法です。客観的なデータに基づくため、個人の主観に左右されにくく、再現性の高い予測が可能となります。
この手法の最大の強みは、数値として測定可能なデータを活用することで、科学的なアプローチによる予測が行える点です。ただし、「予測に使用できるのは過去に記録されたデータのみ」という制約があります。そのため、過去に例のない市場の急変や、全く新しい製品の需要予測には弱点があります。
また、データの質と量が予測精度に大きく影響するため、信頼性の高いデータを十分に確保することが重要です。代表的な定量的予測手法には、移動平均法、指数平滑法、回帰分析法などがあります。
定性的モデルは専門家や市場情報を用いる
定性的モデルは、専門家の意見や市場調査からの情報など、必ずしも数値化されていないデータを活用して予測を行う手法です。直感や経験、専門知識に基づく判断が重要な役割を果たします。
この手法の大きな利点は、数値データでは捉えきれない市場の変化やトレンド、消費者心理などを予測に取り入れられる点です。定性的モデルは特に、過去のデータが少ない場合や、市場環境が大きく変化している状況で有効です。
ただし、この手法は予測者の主観に依存する部分が大きいため、バイアスが入りやすく、再現性や客観性に課題があります。そのため、複数の専門家の意見を収集したり、市場調査を丁寧に行ったりするなど、できるだけ多角的な視点を取り入れることが大切です。
代表的な定性的予測手法には、デルファイ法や市場調査法があります。
定量的な需要予測モデルの代表的な手法とは?
定量的な需要予測モデルには様々な手法がありますが、ここでは代表的な5つの手法について詳しく解説します。

移動平均法で短期的な傾向をつかむ
移動平均法は、過去の一定期間のデータの平均値を用いて将来の需要を予測する、最もシンプルな定量的手法の一つです。具体的には、直近の数期間(例えば3ヶ月間)の需要データの平均値を計算し、その値を次期の予測値とします。
【移動平均法の特徴】
- • メリット:計算が非常に簡単で分かりやすい、短期的な変動を平滑化できる
- • デメリット:最新のトレンドを十分に反映できない、季節性を考慮できない
- • 適した状況:安定した市場での短期予測、データのノイズが多い場合
移動平均法は、特に需要変動が比較的小さく、安定した市場での短期的な予測に適しています。また、日々の販売データに含まれるランダムな変動(ノイズ)を平滑化して、基本的なトレンドを把握するのにも役立ちます。
加重移動平均法で直近データを重視した予測をする
加重移動平均法は、移動平均法を発展させた手法で、直近のデータほど高い重み(ウェイト)を付けて平均を計算します。これにより、最新のトレンドをより強く反映させた予測が可能になります。
【加重移動平均法の特徴】
- • メリット:最新のデータを重視できる、トレンドの変化に対応しやすい
- • デメリット:適切なウェイトの設定が難しい、季節性への対応は限定的
- • 適した状況:徐々に変化する市場での予測、直近の変化が重要な場合
加重移動平均法の最大の利点は、市場の変化に対する反応性を調整できる点です。一方、この方法を用いる際の課題は、適切なウェイトの設定です。ウェイトの決定は分析者の判断に依存するため、主観的になりがちです。
指数平滑法でトレンドを反映した予測をする
指数平滑法は、過去の予測値と実績値を組み合わせて新しい予測値を算出する方法です。この手法は、過去の全てのデータを間接的に考慮しながらも、新しいデータほど大きな影響力を持つという特徴があります。
基本的な計算式は以下の通りです。 予測値 = α × 前期の実績値 + (1-α) × 前期の予測値 ※αは平滑化係数(0〜1の値)
【指数平滑法の特徴】
- • メリット:すべての過去データを間接的に考慮、計算が比較的簡単
- • デメリット:平滑化係数の選択が難しい、急激な変化に弱い
- • 適した状況:安定した成長または衰退傾向のある市場、中期的な予測
指数平滑法の大きな利点は、すべての過去データを何らかの形で考慮している点と、平滑化係数αの値を調整することで、予測の反応速度を制御できる点です。この手法は、特に安定したトレンドを持つ商品の中期的な需要予測に適しています。
回帰分析法で外的要因も考慮した予測を行う
回帰分析法は、需要と影響要因との間の関係を数学的に分析し、将来の需要を予測する手法です。単純な時系列分析と異なり、需要に影響を与える外的要因(気温、価格、プロモーション等)も考慮した予測が可能です。
最も基本的な回帰分析は、1つの要因(独立変数)による単回帰分析で、以下のような式で表されます。 Y = a + bX (Yは予測したい需要、Xは影響要因、aとbは係数)
【回帰分析法の特徴】
- • メリット:外的要因の影響を定量化できる、複数の要因を考慮できる
- • デメリット:適切な要因の選択が難しい、要因間の相関関係に注意が必要
- • 適した状況:需要が外的要因に大きく影響される場合、説明可能な予測が必要な場合
回帰分析法の最大の強みは、需要に影響を与える様々な要因を考慮できる点です。「なぜその予測結果になったのか」を要因との関係で説明できるため、経営判断の根拠として説得力があります。
時系列分析法(ホルト・ウィンタース法、多変量解析)で精度を向上する
時系列分析法は、時間の経過に伴うデータの変動パターンを分析し、将来の値を予測する高度な統計手法です。特に、トレンド(長期的な傾向)や季節性(周期的な変動)を含むデータの予測に有効です。
代表的な時系列分析手法の一つが、ホルト・ウィンタース法(三重指数平滑法)です。この手法は、データの水準(レベル)、トレンド、季節性の3つの要素を分けて分析することで、複雑な時系列データの予測精度を高めます。
【ホルト・ウィンタース法の特徴】
- • メリット:トレンドと季節性を同時に考慮できる、自動的にパターンを学習
- • デメリット:計算が複雑、十分なデータ量が必要
- • 適した状況:季節変動を持つ製品の需要予測、複雑なパターンを持つデータ
時系列分析法の強みは、データに含まれる複雑なパターンを自動的に学習し、それに基づいた予測ができる点です。
定性的な需要予測モデルの代表的な手法とは?
定性的な需要予測モデルは、数値データだけでは捉えきれない要素や、過去データが十分にない状況で特に力を発揮します。

デルファイ法で専門家の意見を統合する
デルファイ法は、複数の専門家の意見を集約して予測を行う手法です。この手法の特徴は、専門家が互いに匿名で意見を提出し、それらの意見が一定のレベルで収束するまで、複数回のフィードバックと意見収集を行うプロセスにあります。
【デルファイ法の特徴】
- • メリット:専門家の知見を体系的に収集、特定の個人の影響を抑制、集合知の活用
- • デメリット:時間と手間がかかる、専門家の選定が難しい
- • 適した状況:新製品の市場予測、長期的な技術トレンドの予測、不確実性の高い市場
市場調査で消費者ニーズを反映する
市場調査による需要予測は、消費者や市場に直接アプローチして情報を収集し、それに基づいて将来の需要を予測する手法です。アンケート、インタビュー、フォーカスグループ、テストマーケティングなど、様々な調査手法を用いて消費者の意向や行動を把握します。
【市場調査法の特徴】
- • メリット:直接消費者の声を反映できる、潜在的ニーズの発見、市場変化の早期察知
- • デメリット:サンプルバイアス、発言と実際の行動の乖離、コストと時間がかかる
- • 適した状況:新製品開発、市場セグメンテーション、消費者嗜好の変化を捉える
需要予測モデルを活用するメリットとは?
需要予測モデルを効果的に活用することで、企業は様々なメリットを享受できます。

在庫コストを削減できる
需要予測モデルを活用することで、在庫管理を最適化し、大幅なコスト削減を実現できます。これは多くの企業にとって最も直接的かつ重要なメリットの一つです。
具体的には、以下のような在庫関連コストの削減が期待できます。
(1)過剰在庫の削減: 正確な需要予測により、必要以上の在庫を持つことを避けられるため、在庫保管コスト、資金の固定化、商品の陳腐化リスクを低減できます。
(2)欠品リスクの低減: 逆に、在庫不足による販売機会の損失も防げます。特に季節商品や流行に敏感な商品では、適切なタイミングで適量を用意することが売上に直結します。
(3)発注業務の効率化: 需要予測に基づく適切な発注点と発注量の設定により、発注業務自体も効率化できます。「いつ」「どれだけ」発注すべきかの判断を科学的に行えるようになります。
(4)物流コストの最適化: 需要予測を物流計画に活用することで、配送ルートや頻度の最適化も可能になり、物流コスト全体の削減にもつながります。
業務の効率化が図れる
需要予測モデルの導入は、在庫管理だけでなく、企業の様々な業務プロセスの効率化にも貢献します。特に以下のような面で業務効率の向上が期待できます。
(1)生産計画の最適化: 需要予測に基づいて生産計画を立てることで、生産ラインの稼働率を最適化し、残業や急な生産調整といった非効率な対応を減らせます。
(2)人員配置の効率化: 特に小売や飲食、サービス業では、時間帯や曜日、季節による需要変動に合わせた人員配置が可能になります。
(3)調達業務の合理化: 原材料や部品の調達において、需要予測に基づく計画的な発注が可能になります。特に調達リードタイムが長い原材料については、適切な予測による先行発注が重要です。
(4)セールスマーケティング活動の最適化: 需要予測を活用することで、プロモーション活動のタイミングやターゲットを最適化できます。
(5)意思決定の迅速化: データに基づく予測があることで、様々な業務判断の根拠が明確になり、意思決定が迅速になります。
人的ミスや主観的判断を防げる
需要予測モデルを導入することで、人的ミスの低減や主観的判断によるバイアスを排除し、より客観的かつ一貫性のある意思決定が可能になります。
(1)バイアスの排除: 人間の予測は「楽観バイアス」「確証バイアス」「アンカリング効果」など、様々な認知バイアスの影響を受けがちです。データ駆動の予測モデルはこうしたバイアスを排除し、より客観的な判断が可能です。
(2)一貫性のある判断: 担当者が変わっても、同じデータからは同じ予測結果が得られるため、判断の一貫性が保たれます。
(3)計算ミスの防止: 複雑な計算や大量のデータ処理を伴う予測作業では、人的なミスが発生しやすくなります。システム化された予測モデルはこうした計算ミスを防ぎます。
(4)根拠の明確化: 「なぜその予測になったのか」という根拠を明確に示せるようになります。「経験から」「感覚的に」といった曖昧な根拠ではなく、データに基づいた説明が可能になり、組織内のコミュニケーションも円滑になります。
(5)再現性の確保: 予測プロセスが標準化されることで、同じ条件では常に同じ結果が得られるという再現性が確保されます。これにより、予測の検証や改善が容易になります。
需要予測モデルを活用する際の注意点とは?
需要予測モデルは大きなメリットをもたらしますが、効果的に活用するためにはいくつかの重要な注意点があります。

データの質と量が予測精度に影響することを理解する
需要予測の精度は、使用するデータの質と量に大きく依存します。どんなに優れた予測モデルであっても、入力されるデータに問題があれば、「Garbage In, Garbage Out(ゴミを入れればゴミが出る)」の原則通り、信頼できる結果は得られません。
予測値と実績値の差を必ず分析する
需要予測モデルを継続的に改善し、その価値を最大化するためには、予測値と実績値の差(予測誤差)を定期的に分析することが不可欠です。
AI・機械学習を使った需要予測モデルを導入するメリットとは?
近年、AI(人工知能)や機械学習技術の進化により、需要予測の分野も大きく変わりつつあります。
ERPにAI(人工知能)を搭載!メリットや今後の展望を解説 | クラウドERP PROACTIVE-SCSK

大量データの処理能力が高い
AI・機械学習を活用した需要予測モデルの最大の特長の一つは、膨大な量のデータを効率的に処理し、その中から複雑なパターンを見つけ出す能力です。
(1)多様なデータソースの統合: AI・機械学習モデルは、従来の販売データや在庫データだけでなく、多様なデータソースを同時に分析に取り込むことができます。
(2)非構造化データの活用: テキスト、画像、音声などの非構造化データも分析に取り込めるようになります。
(3)高次元データの処理: 多数の変数(特徴量)を含むデータセットでも効率的に分析できます。
(4)リアルタイムデータの活用: データの更新頻度が高い場合でも、リアルタイムに近い形で予測を更新できます。
人的負担や工数を削減できる
AI・機械学習を活用した需要予測システムのもう一つの大きなメリットは、予測業務に関わる人的負担や工数の大幅な削減です。
(1)予測作業の自動化: 従来は手作業で行っていた作業が自動化されます。
(2)データ更新の効率化: 新しいデータが利用可能になった時点で、自動的に予測を更新できるようになります。
(3)異常検知の自動化: 機械学習モデルは、データの異常や予想外のパターンを自動的に検出することができます。
(4)シナリオ分析の効率化: 様々な「what-if」シナリオを迅速に分析できるようになります。
(5)専門知識の共有・継承: ベテラン担当者の知識や経験をAIモデルに取り込むことで、組織内での知識共有や技能継承が容易になります。
AI活用の需要予測モデル導入成功事例とは?
またSCSKでは、AIネイティブな次世代ERP「PROACTIVE(プロアクティブ)」において、AIダッシュボードをの提供しています。AIダッシュボードの活用により、従来のようなERPシステムに蓄積された売上、在庫、財務などのデータの可視化だけでなく、複雑な企業データの活用をAIによって簡単に行えるようになります。これによって、データ分析が可能な人材が少ない企業でも、AIがデータを基に高度な分析を行い、企業に迅速かつ的確な意思決定を支援する示唆を提供することで、企業が競争力を高めるための「高度な経営判断」を容易に実現します。

まとめ
需要予測モデルは、企業のデータドリブンな意思決定を支える重要なツールです。定量的手法と定性的手法を適切に組み合わせることで、予測精度を高め、在庫コストの削減や業務効率化などの大きなメリットを享受できます。特に近年のAI・機械学習技術の進化により、さらなる精度向上と業務効率化が期待できる分野となっています。