
卸売業における利益率向上は、経営の安定と企業の成長に欠かせません。本記事では、利益率の基本から業種別比較、具体的な改善策まで、卸売業の収益性を高めるための実践的なアプローチを解説します。
目次
利益率とは?卸売業での重要性
利益率とは、売上高に対する利益の割合を示す重要な経営指標です。卸売業は製造業と小売業の中間に位置し、物流やサプライチェーンの要となる業種です。しかし、卸売業は一般的に薄利多売のビジネスモデルが主流であり、他の業種と比べて利益率が低い傾向にあるため、利益率を向上させる取り組みが大切といえます。
利益率の種類
卸売業の経営において把握すべき利益率には様々な種類があります。それぞれの利益率を正しく理解し、経営判断に活用することが重要です。利益率について詳しく見ていきましょう。
粗利率
粗利率(売上総利益率)は最も基本的な利益率の指標であり、売上高に対する粗利(売上総利益)の割合を示します。粗利率は以下の計算式で求めることができます。
- 粗利率の計算式:粗利率(%) = 売上総利益 ÷ 売上高 × 100
粗利率が低い業態では、大量取引による規模のメリットを活かした経営が求められます。一方で、粗利率が高い業態では、専門性や付加価値サービスによる差別化が重要です。
営業利益率と経常利益率の違い
営業利益率と経常利益率は、企業の収益性を測る重要な指標です。営業利益率と経常利益率の主な違いは下表のとおりです。
項目 | 営業利益率 | 経常利益率 |
---|---|---|
計算に用いる利益 | 営業利益(売上総利益から販管費等を引いた利益) | 経常利益(営業利益に営業外損益を加減した利益) |
示すもの | 本業での収益性 | 企業の総合的な収益力 |
重視されるポイント | 販管費の効率性 | 財務活動も含めた総合的な経営効率 |
卸売業の平均値 | 約1.1% | 約2.1% |
営業利益率と経常利益率は、以下の計算式で求められます。
- 〇 営業利益率の計算式:営業利益率(%) = 営業利益 ÷ 売上高 × 100
- 〇 経常利益率の計算式:経常利益率(%) = 経常利益 ÷ 売上高 × 100
業種別の平均利益率を卸売業と比較
利益率は業種によって大きく異なります。卸売業の利益率を他業種と比較することで、その特性や課題が明確になります。
経済産業省の調査に基づく主要業種の売上高営業利益率と売上高経常利益率は以下の通りです。
業種 | 売上高営業利益率 | 売上高経常利益率 |
---|---|---|
製造業 | 4.9% | 8.6% |
卸売業 | 2.8% | 5.7% |
小売業 | 2.8% | 3.1% |
情報通信業 | 8.6% | 10% |
出典:2023 年経済産業省企業活動基本調査速報(2022 年度実績)調査結果の概要
この比較から、卸売業は売上高営業利益率で小売業と同じ数値となる一方、売上高経常利益率では小売業より高いことがわかります。これは卸売業が多量の取引を効率的に行い、一定の経常利益を確保している可能性を示唆します。一方で、薄利多売のビジネスモデルや価格競争の激しさによって粗利率が低くなりがちな点は、依然として卸売業の課題といえるでしょう。
小売業との利益率比較
卸売業と小売業は流通の中で密接な関係にありますが、ビジネスモデルや利益構造には大きな違いがあります。ここでは、両者の利益率を比較し、その特徴を見ていきましょう。
項目 | 卸売業 | 小売業 |
---|---|---|
粗利率(売上総利益率) | 約11.8% | 約27.6% |
売上高営業利益率 | 約2.8% | 約2.8% |
売上高経常利益率 | 約5.7% | 約3.1% |
出典:2.売上総利益率|商工業実態基本調査, 2023 年経済産業省企業活動基本調査速報(2022 年度実績)調査結果の概要
- 粗利率
小売業は消費者に直接商品を販売するため、付加価値の大きさから粗利率が高くなる傾向があります。これに対し、卸売業は中間業者として大量取引をするものの、商品単価への上乗せ幅が比較的小さいため粗利率は低くなりやすいと言えます。
- 売上高営業利益率
上表では卸売業と小売業がどちらも約2.8%であり、大きな差は見られません。ビジネスモデルは異なるものの、小売業は顧客対応や店舗維持などのコストがかかりやすく、卸売業は仕入れ・在庫管理・物流などにコストがかかるため、結果として営業利益率が拮抗するケースも少なくありません。
- 売上高経常利益率
卸売業が約5.7%と、小売業の約3.1%を上回っています。これは卸売業が取引ボリュームや関係先との条件交渉などを通じて、最終的に安定的な経常利益を確保していることが理由として考えられます。多品種・大量の商材を取り扱い、取引先との長期的な契約などを締結することで、経常的な収益を生みやすい構造になっているケースがあるのです。
このように、卸売業は薄利多売のイメージが強いものの、経常利益率で小売業を上回る場合もある点が注目されます。特に、自社で在庫コントロールや物流コストの最適化を進めることで、大きな取引を安定して回しながら経営を成り立たせる企業も少なくありません。
一方、小売業では最終消費者との直接取引を通じて粗利率を高めるメリットがある反面、店舗運営やマーケティング、接客対応などにコストがかかり、最終的な経常利益率には卸売業ほどの伸びが見られない場合もあります。
卸売業の利益率を上げるための改善策
卸売業の利益率向上には、戦略的なアプローチが必要です。ここでは具体的な改善策を3つの観点から解説します。

売上を上げるための戦略
売上向上は利益率改善の重要な要素です。特に卸売業では固定費の比率が高いため、売上増加による利益率向上効果は大きくなります。
売上を上げるためには、卸売業でも単なる物流だけではなく、付加価値サービスを提供すると良いでしょう。価格競争から脱却できれば高い利益率を実現できます。
また、すべての顧客が同じ利益をもたらすわけではありません。顧客を分析し、高利益をもたらす顧客を分類することが重要です。
さらに、適切な価格設定は利益率向上の基本です。卸売業でも戦略的な価格設定をすると良いでしょう。
固定費と変動費を見直す方法
固定費と変動費の見直しをすると利益率の向上につながります。特に固定費は売上に関わらず発生するため、その削減効果は大きくなります。
固定費削減のポイントは以下の通りです。
項目 | 見直し方法 |
---|---|
人件費 | 業務効率化によるワークシェアリング、アウトソーシングの活用 |
事務所・倉庫費用 | 必要面積の見直し、立地の再検討、共同利用の検討 |
システム費用 | クラウドサービスの活用、必要機能の精査 |
車両費 | リース契約の見直し、配送ルートの効率化 |
金融費用 | 借り入れ条件の見直し、支払・回収サイトの最適化 |
変動費は売上に比例して増減する費用ですが、以下を参考に見直すと利益率の向上が期待できます。
変動費管理のポイント:
- 仕入先との関係強化:安定的な取引による優遇条件の獲得
- 発注ロットの最適化:必要以上の在庫を持たない適正発注
- 物流コストの削減:共同配送や配送ルートの効率化
- エネルギーコストの削減:倉庫の省エネ化や再生可能エネルギーの活用
- 梱包材などの副資材コスト削減:再利用や環境配慮型素材の活用
内部リンク:固定資産管理:必要性、流れ、実施のポイントを解説
原価削減の方法
卸売業では仕入原価が最大のコスト要因です。原価を削減すれば、利益率向上につながります。
原価を削減するためには、仕入先との交渉が効果的です。安定的かつ大量の発注を交渉材料にするほか、現金払い・早期支払いなど支払い条件の改善を提案すると良いでしょう。
在庫管理も利益率向上には欠かせません。不適切な在庫管理は機会損失や在庫廃棄につながり、結果的に原価率を悪化させます。
さらに、卸売業において物流コストは原価に次ぐ大きなコスト要因です。効率的な物流体制をつくることが大切です。
利益率分析の注意点
利益率の分析・改善を進める際には、いくつかの注意点があります。単純に利益率だけを追求すると、思わぬ落とし穴にはまる可能性があるのです。注意したい利益率の分析について解説します。
高すぎる利益率のリスク
高い利益率は一見理想的に思えますが、卸売業においては必ずしもそうとは限りません。高すぎる利益率にもリスクがあります。
卸売業は基本的に数量をこなすビジネスです。高い利益率を求めて価格を上げすぎると、取引量が減少する可能性があり、急激な利益減少につながりかねません。
また、卸売業は取引先との信頼関係が重要です。過度な利益追求は取引先の反感を買い、長期的な取引関係を損なってしまうかもしれません。
適正価格設定の重要性
卸売業における価格設定は、単に利益率だけでなく、市場環境や競合状況、取引先との関係など、多角的な視点から検討する必要があります。
適正価格を設定するには、3つのバランスが重要です。
- コストベースの視点:原価に適正な利益を上乗せした価格設定
- 計算式:販売価格 = 原価 ÷ (1 – 目標利益率)
- 例:原価800円、目標利益率20%の場合→ 800 ÷ (1 – 0.2) = 1,000円
- 市場価値ベースの視点:提供する価値に基づいた価格設定
- 競合他社の価格
- 提供する付加価値サービス
- 商品の希少性や独自性
- 取引先ベースの視点:取引先の事情を考慮した価格設定
- 取引先の売上規模
- 取引継続期間
- 支払条件
- 注文頻度や量
適正価格設定には、原価だけでなく物流コストや金融コスト(与信リスク)も考慮する必要があります。また、長期的な取引関係の構築を視野に入れた価格設定が、結果的に安定した利益につながります。
自社の利益率を改善するために最初にすべきこと
利益率改善は一朝一夕に実現するものではありません。焦らずに段階的に始めることで、確実に改善への道を歩むことができます。詳しく見ていきましょう。

(1)現状分析を徹底する
まずは自社の現状を分析しましょう。顧客別の利益率や商品・サービス別の利益率分析、競合他社との利益率比較をすると良いでしょう。過去数年間の利益率推移も分析すれば、会社が抱えている問題がわかるかもしれません。
また、現状を分析するためには正確な会計情報が欠かせません。会計ソフトやERP(Enterprise Resource Planning)システムを活用し、データに基づいた分析を行いましょう。
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(2)具体的な目標設定を行う
自社の分析ができたら、改善していくための目標を設定します。目標設定は、業界平均や競合他社の数値を参考にした現実的な目標設定や、短期・中期・長期の時間軸に応じた段階的な目標設定、あるいは部門別・商品カテゴリー別の個別目標設定が良いでしょう。具体的な目標を設定することが大切です。
目標設定に困ったら、「SMART」の原則に従って設定することをお勧めします。
SMARTの原則:
- Specific(具体的)
- Measurable(測定可能)
- Achievable(達成可能)
- Relevant(関連性がある)
- Time-bound(期限がある)
(3)改善計画を策定し実行する
分析と目標設定ができたら、具体的な改善計画を立てましょう。
短期的施策(3ヶ月以内) 中期的施策(1年以内) 長期的施策(3年以内)
不採算商品の見直し 仕入先との再交渉 物流システムの再構築
在庫過多の解消 営業プロセスの効率化 戦略的な事業領域の拡大
緊急コスト削減 人材の育成・強化 経営システムの刷新
計画は単なる目標ではなく、「誰が」「何を」「いつまでに」「どのように」実行するかを明確にした実行計画であることが重要です。計画が完成したら、すぐに取り組み始めましょう。
(4)定期的なモニタリングと改善
計画の実行後も定期的なモニタリングと継続的な改善が欠かせません。月次での利益率チェックや四半期ごとの計画進捗確認、半期ごとの計画見直しと修正をすると良いでしょう。
PDCAサイクル(Plan→Do→Check→Action)を回し続けることで、持続的な利益率向上を実現できます。利益率改善の取り組みは、経営者だけでなく従業員全員の理解と協力が必要です。改善の意義や目標を社内で共有し、チーム一丸となって取り組むことが成功の鍵となります。
まとめ:利益率を向上して競争力を高めましょう
卸売業の利益率向上は、単に数値を改善するだけの取り組みではありません。企業としての競争力を高め、従業員の待遇を改善し、取引先との関係を強化するための重要な経営戦略です。利益率の高い競合他社や他業種の分析を通じて、自社の強みを活かした独自の戦略を構築しましょう。