コラム
【業種別DXの着眼点】卸売業
デジタル店舗、デジタルオペレーション、動態可視化・分析などに注目
多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めています。この連載では、業種別という視点で企業を取り巻くビジネス環境にフォーカスして、DXとして取り組むべき着眼点とその具体的なアプローチについて考察します。第1回の今回は、卸売業について考えます。
1. ネットによって卸売業の価値が低下
卸売業は以前から、少子高齢化による需要減やネット通販の台頭といった環境変化が起きていました。具体的には、従来のビジネス手法が崩れ、ネット通販やオンライン決済といったネットのビジネスモデルが台頭していました。
商社や卸売は「中間流通業」として、物流、倉庫、金融、決済、代行などの役割を担ってきましたが、その役割のいくつかの価値がネット取引によって低下してしまいました。むしろ、卸売が仲介することでネット通販より価格が高くなり、納期が遅くなるといった弊害も目立つようになったのです。
また、卸売側の業態も汎用型と専門特化型に分かれつつあり、さらに人による対面販売を中心としたリアルな従来型の営業スタイルと、ネット通販やカタログ販売の営業スタイルに二極化しています。コロナ禍以降、ネット通販による取扱量が増えると予想されます。
図:卸売の動向:汎用型と専門特化型、販売チャネルがリアルとネットに二極化
しかし、逆にコロナ禍によってサプライチェーンが分断されたり、委託生産していた海外工場が使えなくなったりといった事態が生じています。サプライチェーンリスクを回避するため、卸売業者が流通加工などのサービスを提供するなど、付加価値サービスの提供が卸売業者に求められているのも、新たな動きと言えるでしょう。
そのほか、卸売業者には、代替の原材料や部品を調達手配する仲介サービス、委託生産できる国内工場の紹介、生産設備の提供や貸し出しなども期待されています。IoTやAIなどを利用した生産進捗管理やトレーサビリティ管理、品質管理なども、卸売業の新たなビジネスになってくるかもしれません。
以下に、卸売業界のビジネス課題を挙げます。
2. 卸機能の内製化やネットによる代替が進む
いま、大手企業が仕掛けることによって、業界再編が進んでいます。背景には、成熟する市場において成長戦略を描くことの難しさがあります。中堅中小企業が飲み込まれ、市場構造が寡占化、二極化しつつあるのです。その結果、食品業界などでは、小売業と卸売業のパワーバランスが大きく変わりつつあります。業界再編によって、商習慣やこれまでのルールが大きく変化しているのです。
また、構造的な問題として、卸売業が本来持つ「中間流通業」としての価値が低下しています。その要因としては、メーカーや小売業による卸機能の内製化、物流や倉庫およびネットによる卸機能の代替などが挙げられます。
従来、日本の卸売業は物流、決済、商品情報などのサービスを、個別の有償サービスとして提供してきませんでした。卸売業が提供するサービスは、取扱量拡大や囲い込みの手段として機能してきたため、その価格の妥当性や透明性が不明になりがちです。その不明瞭さが嫌気されているのです。
特に、販売価格の安さ、多頻度小口配送、迅速な納品は、販売先や仕入先が卸売業に期待している機能であるにもかかわらず、不満が多くなっています。
図:電子商取引に関する市場調査の結果(令和2年度)
3. 卸売DX、3つの課題に対するアプローチ
業種によってDXの導入動向には特徴があり、着眼点が異なります。その中で、卸売業を含む流通DXの着眼点は、デジタル店舗、デジタルオペレーション、動態可視化・分析などのテーマに注目が集まっています。
具体的には、店舗での販売からネット通販への販売チャネルの変更、ネット決済や物流データ連携による小口配送や短納期によるサプライチェーン最適化、正確で詳細なトレーサビリティ情報、高精度な需要予測等に取り組んでいます。アナログ的かつ労働集約的な業務は、AIやRPA(Robotic Process Automation)などの新しいテクノロジーにより、省人化、自動化に効果を発揮しています。
総論として、企業が取り組むべきDXの課題は「成長戦略」「収益力強化」「コスト削減」の3つです。いずれも重要なテーマですが、その中で卸売におけるDXの取り組みをそれぞれひもとくと、次のようになります。
1つめの成長戦略は、売上を増やすための取り組みです。新しい製品やサービスの開発、品ぞろえの拡充に取り組み、市場を開拓しますが、効果が出るまでには経営資源と時間が多く掛かります。DXだけで効果を出すのは難しく、試行錯誤とゴールへの熱意と忍耐が求められます。
2つめの収益力強化は業務の効率化や自動化などによって、業務プロセスを最適化することで達成できる取り組みです。デジタル化や自動化の過程で新しいテクノロジーが威力を発揮します。
3つめのコスト削減には、属人的なアナログ業務を排して、業務の標準化とシステム化による効率化、最適化が有効です。
図:流通DX(卸売DX)が取り組むべき3つの課題とあるべき姿に至るアプローチ
4. ERPに蓄積されたデータを他のデータと組み合わせて活用
卸売業のDXを考える上で中心にあるのが、ERPなど業界標準に対応した統合基幹システムです。これまでERPシステムは、企業内の部門間の情報を一元管理し、経営判断に有効活用されていました。ただし、事業部門や現場担当者の業務に活用されるケースはあまり多くありませんでした。理由は、ERP以外の業務データも含めた情報を利用する必要があったからです。
しかし、最近ではExcel、紙、FAX、ウェブなどの文書もAI-OCRやRPAなどでデジタル化ができます。会計、販売などの正確なデータが蓄積されているERPと、それ以外の有用なデータを組み合わせて分析することで、新しいサービスの提供や新製品開発が可能となりつつあります。
こうした環境の変化によって、“ERPシステムの機能を使いこなす企業”から、“ERPシステムに蓄積されたデータを活用する企業”が急速に増えている一方、卸売業界では、大量かつ煩雑に入れ替わる商品情報と膨大な物流情報をERPシステムと連携させるため、データを有効活用できている企業はまだ多くありません。
今後は、膨大なデータを活用するためのクラウドやそのデータを活用したサービス化への取り組みが、急速に拡大すると予想されています。
先行する卸売業では、クラウド上にERPや物流システムなどの情報を、統合データベースに集めて、必要なときに必要な情報を即時に利用する仕組みを構築しています。卸売DXが狙うべき着眼点は、正確で詳細かつ網羅された統合データの活用による競争力強化だと言えるでしょう。
図:卸売DXデータ統合:LES系データの取得>正規化>見える化&活用のイメージ
鍋野敬一郎
同志社大学工学部卒業、米国総合化学デュポン(現ダウ・デュポン社)、独SAPを経て、2005年にフロンティアワンを設立。業務系ERP/SCM/MES/MOM/DataLakeなどシステムのコンサルティングに携わる。2015年より一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)サポート会員となり、総合企画委員会委員、IVI公式エバンジェリストなどを務める。
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