コラム
DXレポート2.2とは:DX推進の課題と成功に導くための鍵を解説
経済産業省から「DXレポート2.2」が2022年7月に公表されました。これは、2021年8月に公表された「DXレポート2.1」の続編とも言えるものです。この記事では、DXレポート2.2の概要や企業が取り組むべきDX化の方向性、そしてDX化の成功事例について解説します。
目次
1. DXレポート2.2とは
DXレポート2.2とは、2022年7月に経済産業省から公表されたDX推進に関する最新版のレポートです。このレポートでは、デジタル産業への変革に向けた具体的な方向性やアクションが提示されています。
DXレポートは、各組織におけるDX推進や周知を目的として作成され、これまでに3度の更新が行われています。公表された過去の年月は以下の通りです。
• DXレポート :2018年9月
• DXレポート2 :2020年12月
• DXレポート2.1:2021年8月
• DXレポート2.2:2022年7月
DXが注目された理由の1つに、DXレポートで提示された「2025年の崖」という言葉があります。これは、複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムが存続した場合、それらのシステムを理解している人材の引退やサポート終了などにより、2025年以降の経済損失が年間最大12兆円(現在の約3倍)に達する可能性があるというものです。
2. DXレポート2.2から分かる国内企業の課題
DXの実現が求められる中、日本はDX化がなかなか思うように進んでおらず、世界の先進国の中では遅れているのが現状です。日本のDX化が進まない理由としては、主に以下の3点が挙げられます。
• デジタル投資が、既存ビジネスの維持・運営が中心となっている
• 目に見える成果が出ている企業が少ない
• 具体的に何をすればいいのか分からない
(1)業務効率化がメインの目的になっている
企業のデジタル投資が既存ビジネスの維持・運営といったランザビジネス中心となっていることが理由です。
デジタル技術の活用を積極的に進めている企業は多いものの、その多くは現状のビジネスへの投資となっており、新サービスの創造・革新といったバリューアップを目的とした投資を行う企業は少ないのが現状です。
一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査報告書 2022」によると、IT予算の内、4分の3以上がランザビジネス予算のために使われています。一方、バリューアップ予算の割合は3年後の目標と比べて10%以上も低く、現行業務の効率化に偏っていると言えるでしょう。
もちろん、既存ビジネスの効率化もDXの目的の1つであり、重要な役割です。しかし、業務効率化は通過点であってゴールではありません。DXの真の目的は、デジタル活用による新しい価値の創出や企業の革新にあります。
(2)目に見える成果が出ている企業が少ない
日本では、バリューアップの取り組みで目に見える成果が出ている企業がまだ少ない現状があります。
「企業IT動向調査報告書 2022」の調査では、各企業におけるDX推進の取り組み状況と成果状況についてまとめています。
この中で、DXの真の目的にあたる「お客様への新たな価値の創造」や「ビジネスプロセスの標準化や刷新」に関して成果が出ていると回答した企業の割合は以下の通りです。
• お客様への新たな価値の創造:7.5%
• ビジネスプロセスの標準化や刷新:6.7%
いずれも1割未満の割合となっており、成果を実感できている企業がまだ少ない現状が見て取れます。
(3)具体的に何をすればいいのか分からない
バリューアップの取り組みについて、具体的なアクションを見つけられていない企業が多い状況もあります。
DXレポート2.2では、DX化が進まない理由として、以下のことが原因の1つとして考えられると指摘しています。
“サービスの創造・革新(既存ビジネスの効率化ではない取組み)の必要性は理解しているものの、目指す姿やアクションを具体化できていないため、成果に至らず、バリューアップへの投資が増えていかないのではないか。”
たとえば、上記のDX推進の取組実施状況の設問において、具体的な取り組みを実施中または検討中の企業の割合は以下の通りです。
• お客様への新たな価値の創造:65.6%
• ビジネスプロセスの標準化や刷新:76.8%
これらの数字から、約7割の企業がサービスの創造・革新の必要性を理解していることが分かります。しかし一方で、成果を実感できている企業の割合が1割未満であることを考えると、成果に至る具体的なアクションを定めていない企業が多いという現状が見て取れます。
3. 企業が取り組むべきDX化の方向性
本章では、DXを成功させるために企業が採るべき戦略や方向性について、以下の4つの観点から解説します。
• DX推進に向けた戦略の策定
• DX実施に伴うコスト削減策の構築
• DXに対応可能な人材の育成と確保
• ユーザー企業とベンダー企業の関係性の構築
(1)DX推進に向けた戦略の策定
まず、DX推進に向けた戦略策定が重要です。具体的には、以下の流れでDX戦略を策定するとよいでしょう。
1.DX実現の目標設定
2.推進体制と事業展開方法の確立
3.目標達成に必要なステップとアクションの明確化
4.試行錯誤とブラッシュアップの繰り返し
DX戦略を策定する際は、自社の事業理念や経営方針を基に、DXによって何を実現したいのかを明確にします。その上で、推進体制の構築や事業展開方法の確立、既存事業との整合性を考えていきます。
目指すべき目標と体制が整ったら、DX実現に向けて必要なステップを洗い出し、各ステップで必要なアクションを明確にします。そして、一度決めたステップやアクションに固執せず、試行錯誤を繰り返しながらブラッシュアップしていくことが重要です。
(2)DX実施に伴うコスト削減策の構築
DX化においてはコスト削減も重要です。具体的なコスト削減策としては、以下のような対策が挙げられます。
• 必要な機能の見極めによるシステムのスリム化
• 外部ソリューションの有効活用
• 補助金や助成金の利用
コスト削減のためには、既存システムの運用状況を確認し、必要な機能を見極めることが大切です。また、新しくITシステムを導入する際は、クラウドサービスなどの外部ソリューションを活用することも効果的です。外部ソリューションをうまく活用することで、社内システムのブラックボックス化を回避できるでしょう。
他には、以下のような補助金や助成金を利用する方法もあります。
• ものづくり補助金
• IT導入補助金
• 事業再構築補助金
(3)DXに対応可能な人材の育成と確保
DX人材の確保・育成も重要です。たとえば、経済産業省の「デジタルスキル標準」では、主なDX人材として以下の人材類型を定義しています。
人材類型 | 概要 |
---|---|
ビジネスアーキテクト | DX化で実現したい目的を設定し、目的実現に向けて関係者をリードしていく人材 |
デザイナー | 総合的な視点で製品・サービスの方針や開発プロセスを策定し、製品・サービスのデザインを担う人材 |
データサイエンティスト | 業務変革や新規ビジネスの実現に向けて、データを収集・解析する仕組みの設計・実装・運用を担う人材 |
ソフトウェアエンジニア | デジタル技術を活用した製品・サービスを提供するためのシステムやソフトウェアの設計・実装・運用を担う人材 |
サイバーセキュリティ | デジタル環境におけるサイバーセキュリティ対策を担う人材 |
DX人材の確保・育成においては、業務現場でのアジャイル開発の実践やデジタルリテラシー向上のためのリカレント教育などが有効となるでしょう。
(4)ユーザー企業とベンダー企業の関係性の構築
DXを成功させるためには、ユーザー企業とベンダー企業の間で良好な関係性を築くことが1つの鍵です。具体的には、「低位安定の関係」から脱却し、「変革のパートナー」として相互に高め合う関係性を構築することが求められます。
低位安定の関係とは、ITコスト削減を重視するユーザー企業と低リスクでのビジネスを運営するベンダー企業が相互に依存している関係のことです。この状態では、それぞれに以下のような問題が生じます。
• ユーザー企業:IT対応能力の停滞、システムのブラックボックス化など
• ベンダー企業:利益水準の低下、技術開発投資の鈍化など
ユーザー企業の事業の成果を重視するようにし、ユーザー企業とベンダー企業が同じ目標を共有した上で、相互に高め合う関係性を築くことが必要です。
4. DX化の成果が出ている企業の成功事例
ここでは、DXの実践に成功した企業の事例として、以下の3社を紹介します。
これらの企業は、経済産業省と東京証券取引所が共同で選定したDX銘柄に名を連ねています。DX銘柄とは、経営革新や収益水準・生産性の向上を実現するために、積極的にITを活用している企業のことを指します。
• SREホールディングス(不動産)
• 中外製薬株式会社(医薬品)
• 日本瓦斯株式会社(小売業)
(1)SREホールディングス(不動産)
SREホールディングスは、ソニーグループ発の不動産会社です。主に以下のDXの取り組みを実施しました。
• 自社不動産事業のスマート化
• AI SaaSプロダクトの外部提供
自社不動産事業のスマート化として、AIなどの先端技術を活用したスマート化ツールをアジャイル開発し、大幅な生産性の向上を実現しました。また、自社不動産事業のスマート化の過程で創出したAI SaaSプロダクトを不動産業界や金融業界の各社に提供し、クラウドツールの契約数の拡大につなげています。
「リアル×テクノロジー」で10年後の当たり前を造ることをミッションに、不動産事業の知見にAIなどの先端技術を掛け合わせたユニークなビジネスモデルが同社の成功ポイントであると言えるでしょう。
上記のようなDXの取り組みが評価され、同社はDXグランプリ2021でグランプリに選ばれています。
(2)中外製薬株式会社(医薬品)
中外製薬株式会社は、DXの取り組みとして以下のような施策を行っています。
• デジタルを活用した革新的な創薬
• デジタル人財の体系的な育成
• 全社クラウド基盤の構築
創薬では、AIやロボティクス、機械学習などを活用し、創薬プロセス全体の効率化や成功確率の向上につなげています。また、デジタル人財の育成にも力を入れており、体系的な育成制度によりデータサイエンティストなど100名以上のデジタル人財育成を実現している点も特徴です。
他にも、全社データ利活用の推進を目的としたクラウド基盤を構築し、従来と比べて環境構築コストを1割以下に抑えています。
成長戦略とDX推進ビジョンがしっかりと整合しており、プロセス革新や人財育成、データ活用など網羅的なDX化が実践できていることが同社の成功ポイントであると言えるでしょう。
上記のようなDX推進が評価され、同社はDXグランプリ2022でグランプリに選ばれています。
(3)日本瓦斯株式会社(小売業)
日本瓦斯株式会社は、DXの取り組みとして主に以下のことを実践してきました。
• プラットフォーム事業の拡大
• エネルギーソリューションへの挑戦(“NICIGAS 3.0”)
プラットフォーム事業の拡大として、独自の高効率な仕組みを他社と共同利用する取り組みを行っています。他社はガスの充填コストなどを軽減でき、同社は報酬を受領できるため、双方にとって利点のある取り組みです。
エネルギーソリューションへの挑戦としては、既存概念に捉われないビジネスモデルの構築に向けた推進を行っています。具体的には、ガスや電気などの垣根を取り払ったデータの一元管理やオープンな共創連携基盤の構築などが挙げられます。
同社の成功要因は、変革に向けて挑戦し続ける社風のもと、ガスや電気の小売りという既存概念を捨てて全社一丸となって変革に取り組んでいる点であると言えるでしょう。
同社もDXグランプリ2022でグランプリに選出されています。
5. まとめ
2022年7月に経済産業省から公表されたDXレポート2.2では、デジタル産業への変革に向けた具体的な方向性やアクションがまとめられています。DX実現に向けた方向性やアクションとしては、主に以下の点が挙げられます。
• 業務効率化ではなく、新しい価値の創出や収益向上を見据えたDX推進を行うこと
• ビジョンや戦略を基に、具体的な行動指針・アクションまで落とし込むこと
• 各社が自らの価値観を発信し、互いに変革を推進する関係性を構築すること
今回紹介したDXレポート2.2の内容も踏まえ、自社が取り組める領域から着実にDXを進めていきましょう。
株式会社コンサルティングオフィス岩崎 代表取締役
経済産業省認定 経営革新等支援機関
岩崎 彰吾
大学卒業後、IT関連企業にて法人営業・販促・製品開発・コンサルティング等の業務に従事。その後、独立開業。
中小企業診断士、ITコーディネータ、事業承継士の資格を保有し、中小企業のDX推進、業務プロセス改善~IT導入支援、ITを活用したプロモーション支援等を専門領域としている。
関連コラム