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2022.11.28
経営・ビジネス用語解説

脱炭素経営とは:企業が行うメリット・デメリット・取り組み事例を紹介

近年、環境問題意識の高まりから、脱炭素経営を目指す企業が増えてきました。そこで、ここでは脱炭素経営の概要やメリット・デメリット、取り組み方など、脱炭素について考えるうえで知っておきたいポイントを紹介します。「脱炭素経営が気になるが、どのような利点があるのかわからない」、「脱炭素経営の取り組み方を知りたい」という方に役立つ情報を解説しますので、ぜひ参考にしてください。

1. 脱炭素経営とは

脱炭素経営とは、脱炭素化を目標とした事業方針を定め、企業経営を行うことを指します。脱炭素とは、CO2排出量を実質ゼロにする、カーボンニュートラルの実現を目指す取り組みのことです。
日本では2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする目標を掲げており、企業経営でも脱炭素化への意識が高まっています。

脱炭素経営の取り組みを進める上で、知っておくべき3つの枠組みがあります。それぞれの具体的な内容を確認しましょう。

枠組み 取り組み内容
TCFD 気候変動に関連する財務情報の開示を促す
SBT 温室効果ガスの目標削減量について個々の企業で設定する
RE100 再生可能エネルギー100%の事業活動を目指す

TCFD(Taskforce on Climate-related Financial Disclosures)は、企業自らが気候変動や地球温暖化への影響を分析し、財務情報を開示することを推奨する組織です。投資家や金融機関が正常に投資の判断をできるように情報共有することを目的としています。

SBT(Science Based Targets)とは、パリ協定(世界の気温上昇を産業革命前より2℃を十分に下回る水準)に抑え、また1.5℃に抑えることを目指すもの)が求める水準と整合した、5年~15年先を目標年として企業が設定する、温室効果ガス排出削減目標のことです。

温室効果ガス(GHG)について

RE100は、事業で使用するエネルギーを全て再生可能エネルギーに切り替えることを目指す国際的なイニシアチブです。国際イニシアチブとは、企業が取り組んだ気候変動対策に対しての情報・評価の国際的基準のことであり、企業がエネルギー供給会社へ再生可能エネルギーの開発を要請し、そのために必要な法案を政府が策定するという好循環を生み出すことが目的です。

2. 企業が脱炭素経営を行う重要性

前述のとおり、2050年までに温室効果ガスを実質ゼロとする目標が日本政府によって定められ、脱炭素化は経営戦略における重要なポイントとして求められるようになりました。日本の温室効果ガスの約8割は政府や企業が発生源となっており、目標を達成するためには、各企業が脱炭素経営を意識しなければならないと言われています。

現在、グローバル市場では「脱炭素経営を行うのが当然」という見方が大半を占めるようになってきました。脱炭素経営を行わない・目指さない企業は「環境保全の面で出遅れている」と評価されるリスクがあると言えます。

3. 企業が脱炭素経営を行うメリット

脱炭素経営は、企業イメージの向上だけでなく、金融機関からの融資を受けやすくなるといったメリットがあります。他にも、政府からの補助金やエネルギーコスト削減の面でも利点があると言えるでしょう。ここからは脱炭素経営のメリットについて解説します。

(1)求職者や投資家からの評価が上がる

株式会社日本総合研究所による若者の意識調査では、脱炭素経営を行う企業は求職者からの評価が高いことが示されています。具体的な評価の割合を見てみましょう。

環境問題や社会課題に取り組んでいる企業で働く意欲

環境問題や社会課題に取り組む企業で働く意欲がある(「とてもそう思う」「ややそう思う」)という回答が全体で47.2%を占めています。脱炭素経営に取り組むことは企業のイメージアップにつながり、より優秀な求職者からの応募を期待できるでしょう。

また、脱炭素経営を行う企業は投資家からの評価も得やすい傾向があります。

環境問題や社会課題に取り組んでいる企業への投資の意欲

投資に意欲のある若者の意識調査では、環境問題や社会課題に取り組む会社への投資に意欲がある(「行ってみたい」「どちらかというと行ってみたい」)と回答したのは全体の68.3%です。投資家の意識も脱炭素経営に向いているということがわかります。

優秀な人材や将来につながる投資家を集めるために、脱炭素経営は重要な要素になっていると言えます。

(2)金融機関の融資が受けやすくなる

金融機関で、脱炭素経営を行う企業向けの商品を取り扱っている場合があります。実際の例を紹介します。

• きらぼし脱炭素応援ローン(きらぼし銀行)
東京都環境局所管の「地球温暖化対策報告書制度」で、当年度もしくは前年度に報告書を提出している法人・個人事業主が対象。1年目は固定金利、2年目以降は変動金利となり、1年目の利率は所定の融資利率より0.1%優遇した固定金利が適用されます。

• 脱炭素経営取組応援融資「タッグ(脱炭素版)」(みなと銀行)
カーボンニュートラルの実現に向け、脱炭素経営への取り組みを宣言する方、兵庫県信用保証協会の保証承諾を得られる方などが対象。通常の保証料率から平均20%割引された保証利率が適用される他、「脱炭素経営宣言企業」としてみなと銀行のホームページに掲載されます。

(3)政府からの補助金・支援が受けられる

脱炭素経営を推進するため、政府では企業に対する補助金や支援を実施しています。主な補助・支援の内容は以下のとおりです。

• 地域の脱炭素化実装に向けたスタートアップ支援事業
地域再生エネルギー事業に必要な人材を育成し、ノウハウを蓄積するための官民一体型地域人材ネットワークの構築や相互学習などを実施します。委託対象は民間事業者や団体などです。

• 工場・事業場における先導的な脱炭素化取組推進事業
工場や事業場の設備更新、運用改善、電化・燃料転換を通した脱炭素化への取り組みを支援します。民間事業者・団体が対象です。
※補助の内容等は年度によって変わる可能性があります。
【補助率】脱炭素化促進計画策定支援:2分の1、設備更新補助:3分の1
【補助上限】脱炭素化促進計画策定支援:100万円、設備更新補助:1億円

(参考)

• ライフスタイルの変革による脱炭素社会の構築事業
過去の事業で一定の効果を得られたナッジ手法を活用し、温室効果ガス削減目標の達成に向けた社員や消費者の行動変容への取り組みを支援します。ナッジ手法とは、行動を制限したり強制したりすることなく人々が周囲や社会にとってより望ましい行動を自発的に行うように促す手法のことです。民間事業者・団体、市区町村が対象となり、主なナッジ手法は以下のとおりです。

  • 省エネ家電など環境に配慮した商品への切り替えや購入を促進するウェブ広告
  • 行動科学を用いた参加体験型の環境教育プログラム
  • 宅配便における再配達防止を目的とした商品発送通知
  • など

(4)エネルギーにかかるコストを削減できる

脱炭素経営にあたっては、大量のエネルギーを消費する非効率な設備やプロセスを改善する必要があります。それに伴い、燃料費や光熱費といったエネルギーにかかるコストを削減できるのも脱炭素化のメリットです。

4. 企業が脱炭素経営を行うデメリット

脱炭素経営のデメリットとしては、主に、初期投資・維持費のコストが大きいことや、取引先との関係見直しが必要な場合があることが挙げられます。デメリットも踏まえたうえで事業方針を定めるようにしてください。

(1)初期投資・維持費のコストが大きい

脱炭素経営では、温室効果ガスの排出量が少ない設備や再生エネルギーの導入に初期費用がかかり、メンテナンスに関する維持費も発生します。こうしたコストを軽減するためには、政府の補助金・支援を利用するのがおすすめです。

(2)取引先との関係の見直しが必要な場合がある

脱炭素経営は自社だけで実現するのは難しく、サプライチェーン全体で実施する必要があるケースも少なくありません。既存の取引先に脱炭素経営を行っていない企業がある場合、関係の見直しが求められることになります。

例えば、取引先が「脱炭素経営はコストがかかって利益が出にくい」と考えている場合、「脱炭素をビジネスチャンスと捉え、DX化による生産性向上を目指す」といった提案を通して相手の意識を変えていけば、取引先との円滑な関係の見直しにつながるでしょう。

5. 企業の脱炭素経営の取り組み方

企業の脱炭素経営の取り組み方については、環境省が発行する「SBT等の達成に向けたGHG排出削減計画策定ガイドブック」で示されています。

脱炭素経営の取り組み方

出典: 環境省 SBT等の達成に向けたGHG排出削減計画策定ガイドブック 2021年度版

(1)将来の事業環境変化を見通す

事業環境の変化は、事業活動によるCO2排出量にも影響します。脱炭素経営の実施にあたっては、中長期的に事業環境がどのように変化していくのか見通し、排出量削減目標を達成するための計画を立てることが重要です。

(2)現状と今後の見通しを把握する

自社やサプライチェーンが排出する温室効果ガスの排出量を把握し、関連部署と連携して全社横断的に今後の見通しを把握する必要もあります。製品の原材料・製品製造・輸送・排気などにかかる温室効果ガスの排出量を算出し、自社の特徴を捉えたうえでSBTの目標年(2030年など)における排出量の見通しを推計しましょう。

(3)施策を検討する

温室効果ガス削減には、中長期的な視野を用いた施策の検討が欠かせません。主に挙げられる施策は以下のとおりです。

• サプライヤーと連携して製造や輸送にかかる排出量を削減する
• より低炭素な商品の調達を行う
• リサイクル可能な商品を設計する
• 省エネ性能が高い製品を開発する

など

(4)ロードマップを策定する

自社で掲げた目標達成のため、時系列で対応を整理したロードマップを作成します。実施が決まった取り組みはもちろんのこと、今後検討すべき取り組みも含めて「検討の進め方」をロードマップ化するのがポイントです。また、定期的にロードマップを見直し、その時点で最適な取り組みを取り入れることも求められます。

(5)ステークホルダーに伝える

ステークホルダーから評価を受けるためには、自社で実施する取り組み内容や考え方を開示する必要があります。戦略や具体的な計画、財務への影響など、首尾一貫した説得力のあるストーリーを構築し、アピールすることが重要です。

なお、昨今、脱炭素経営の計画策定をサポートするサービスやソリューションが各社から提供されています。例えば、三井住友銀行が提供するCO2排出量算定・削減支援クラウドサービス「Sustana」は、サプライチェーン全体のCO2排出量算定や削減業務をクラウド上で管理できるサービスです。自社とサプライチェーンのCO2排出量を簡単に算定できるほか、各種レポート作成の効率化や削減活動・対外開示への支援を受けられるなどの特徴があります。

6. 企業の脱炭素経営の取り組み事例

すでに多くの企業が脱炭素経営への取り組みを進めています。ここからは環境省「令和3年度サプライチェーンの脱炭素化推進モデル事業」の参加企業の中から、脱炭素経営の取り組み事例を紹介します。事業の内容や目標などを具体的に解説しますので、参考にしてください。

(1)株式会社アシックス

株式会社アシックスは、競技用スニーカーやシューズなどのスポーツ用品を展開する企業です。産業革命前からの世界平均気温の上昇を1.5℃に抑える、パリ協定の「1.5℃水準」を目標にしています。

【取り組み内容】

事業所や工場で使用するエネルギーを再生可能エネルギーにすることや、製造商品の素材を再生ポリエステル材に変えることで脱炭素化を行い、2030年までにCO2排出量の63%削減を目指しています。

(2)塩野義製薬株式会社

塩野義製薬株式会は、医薬品製造を行う大手製薬企業です。2019年比で、2030年までに温室効果ガスの自社排出量46.2%削減、サプライチェーン排出量20%削減を目指し、2050年には全体排出量ゼロを目標としています。

【取り組み内容】

排気ガス・CO2の排出量を抑えるため、2024年までに営業車両をハイブリッド車にする計画です。また、高効率設備導入等によるCO2削減に努め、サプライチェーンの温室効果ガス排出量の把握も推進しています。

(3)株式会社セブン&アイ・ホールディングス

セブン&アイ・ホールディングスは、セブン-イレブン・ジャパンやイトーヨーカ堂などを傘下に持つ企業です。2019年度比で、店舗運営に伴うCO2排出量を2030年までに50%に削減、2050年までに実質ゼロにすることを目標に掲げています。

【取り組み内容】

独自の「省エネ対策重点6項目」を定めて従業員が主体的に省エネに取り組む体制を整備する他、ポスターなどによる省エネ活動の周知に取り組んでいます。新規店舗においては太陽光発電パネルやLED照明などの省エネルギー設備の導入を進めています。

(4)大成建設株式会社

大成建設株式会社は、大手総合建築会社です。2019年度比で2030年までに、売上高あたりのCO2排出量を、事業活動によるCO2では50%、事業活動に関連するCO2では32%削減することを目標としています。

【取り組み内容】

TSAを通して、全社員が環境負荷低減効果のある取り組みを積極的に実施することを推進しています。また、自社グループの電力消費量を賄うため再生可能エネルギー電源を保有する他、CO2のマイナス収支を可能にしたカーボンリサイクル・コンクリートの導入によりCO2削減を実施しています。

(5)株式会社フジクラ

株式会社フジクラは、光ファイバーケーブルなどを製造する企業です。2018年度比で、2030年までにCO2排出量40%以上削減、2050年までに工場CO2排出量ゼロを目標としています。

【取り組み内容】

生産の環境性向上や再生可能エネルギーの利用などによって、2050年までに工場CO2排出量ゼロを目指すチャレンジを実施しています。雨水を含む工場排水のリサイクルを行う他、地域の自然環境保全活動推進などを通して自然との共生も目指しています。また、エコ素材の活用やリサイクル技術開発によって資源の有効活用・資源循環を行っているのも同社の特徴です。

7. まとめ

持続可能な社会を作るために、各企業の脱炭素経営は欠かせない取り組みの1つです。脱炭素化は地球環境の保全につながるのはもちろんのこと、企業のイメージアップや金融機関からの融資、エネルギーコストの削減など企業側にもメリットがあります。社会で重要な役割を果たす企業として、脱炭素経営を検討してはいかがでしょうか。

国立研究開発法人 国立環境研究所 主任研究員 藤野 純一

国立研究開発法人 国立環境研究所 主任研究員
藤野 純一

東京大学大学院工学系研究科博士学位取得。国立研究開発法人主任研究員などを経て、2019年度より現職。日本低炭素社会研究プロジェクト(平成16~20年度)やアジア低炭素社会研究プロジェクトの幹事(平成21~25年度)として携わり、また、中央環境審議会地球環境部会中長期ロードマップ小委員会専門委員として、2050年までに二酸化炭素排出量を大幅削減する「低炭素社会」のシナリオ作りに携わる。 さらに、「環境未来都市」構想有識者検討会委員として、自治体を支援、未来都市のコンセプトづくりに携わった経験も有し、国際的、国内的にエネルギー・環境問題、SDGsを中心に多方面で活躍している。

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